撃墜王

毎年、終戦記念日がちかずいてくるたびに、70余年まえにこの入道雲がくっきりしたおなじような夏空で、
本土防衛のために暴れまわっていた若きサムライパイロット達の青春に思いを馳せる。

屈強な撃墜王はたくさんいたけど、なかでも、文学少年から海軍士官学校へとすすんだ、
343空の菅野直隊長の生涯には魅了された。
なにせ、氏の国内での軌跡をたどって、広島呉や海軍兵学校、松山空港、大村湾、鹿児島は鹿屋へと、
20代の頃にはクルマで訪れたほど。

もっというと、20歳のときにはどうしてもパイロットたちの気持ちにすこしでも近づくべく、
バイトしてカネを貯めた末、米国に短期留学して小型飛行機の免許まで取ったくらい。
※Single engine land and sea のpilot in commandは、見事にペーパー化したライセンスとなってひさしい(笑)

WGIPという戦後自虐史観によってすっかり洗脳されたこの日本教育をうけてきて、国を守るために命を
かけて戦った素晴らしいスピリットを持ったサムライ達のことさえ、モノクロとセピアの色褪せた過去の
悪しき産物として葬った世相。悲しくも、自虐の念をもってして。

大空のサムライにつづいて、これを読んだ20歳のときは、陳腐なものいいだが衝撃をうけた。
モノクロとセピアでしかなかった戦記物が、一気にカラフルにそして躍動感をもって踊りだした。
まるで、彼らの青春がすぐそこでリアルに感じられるほど、想像力をかきたてられた。

難敵とされた、B29編隊の死角のない猛烈な火網に対抗するべく、紫電改でさらなる高高度から反抗して背面、
垂直下降で主翼の付け根を目がけて刺し違える、ギリギリの可能性にかけた戦法を編み出し、戦果をあげた度胸と神業。
エアースピードは、いわゆる対地速度でいっても、おそらく800㎞ちかくの世界。

しばらく、戦記物をむさぼり読む日がつづきそうだ。

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