【コラム】北鎌尾根1day Fast Alpine 2014,summer vol.2/2(動画付)

(binbosawa approach 0450)

【ムーンライトの表銀座から北鎌尾根へ】

業界ではあの嵐のなかスタートしたTJARが話題をさらい、仲間のチャレンジとゴールを見届けた数日後の8月某日決行。

家からクルマで1hとかからない中房登山口をAM1時スタートする。

足場の悪そうな貧乏沢は明るくなってから入りたいと思い、当初の0時より遅らす。

緊張?
「きょうも安全に登山させてもらって、お天道さんありがと」をいつもの10倍は言っただろうか(笑)

燕山荘からの表銀座は予報どおり西風が強いが、もうすこし月齢が若ければヘッデンなしで走れるほどの月明かりだ。

右斜め前方には厳かに座するきょうの核心部の山影を横目に、かといって左眼下の街並みには一抹の郷愁を感じつつも、ムーン&スターライトな天空のプロムナードを独り占め。

これだから登山はいい。いや真面目にイイよ…。

ちなみに登山という言葉、なんだか古臭くて保守的な響きがあっていっとき敬遠していたが、いまは好き好んで使う言葉だ。

1DAY MIXスピード登山、なかなかいい響きじゃないだろうか?大天井岳直下の切通岩の狭いコルではビバーク者を確認。

西側の巻き道をすすむと、ときおり落ちる乾いた岩なだれの響きが、静寂さを不気味に引き立たす。

そんな岩場をこなすとほどなくして大天井ヒュッテ。さらに止まらずに10数分すすむとひっそりとある貧乏沢の入り口に到着。
(ちなみに、試走時は見逃して赤岩岳てまえまで行く)

(Binbosawa 0530)

ここまでは序章、ここからがいよいよ今日の核心であるバリエーションルートのスタートだ。

ドンピシャの日の出に悦に入る。お日様をみるとやはりやる気がみなぎるってもの。ただし油断はやはり禁物で、荒れた下りはわりと得意としていながらも、水量がおおく浮石だらけのこの沢では二度こける。

一度はステップ不明瞭の藪でヘッドスライディングという痛恨!
なるほどバリエーションルートは登山道とは一味違う。

しかしこれが良かった。おとこは再び謙虚さを取り戻すのだった。

その後、天上沢の冷たい渡渉をなんどか繰り返し、北鎌沢の出合を経て、イメージよりもはるかに急登で危険な右俣を標高差約900m詰め、まずは無事に北鎌のコルに辿りついた。

この右俣、支流があり迷いやすいとも聞いていたが、地図のとおり沢筋をコル(稜線上の窪んだポイント。鞍部とも)目指して道筋をつければ順当に行けた。

しかし、草付きだが標高を上げるにつれ急斜面甚だしく、高度感十分で肝を冷やした。現に同シーズン中、滑落死亡事故が起きていた。

沢では水を補充した。
歩きずらい貧乏沢といい、急登の右俣といい、いまのが核心じゃないか?と反芻しきり。

孤独ゆえに自問自答の連続…。北鎌のコルではホッと一息、蒸しパンを食べる。

その後天狗の腰かけにむかう途中に右スネを痛打。7部丈のタイツじゃなくとも出血したであろう外傷だった。それでもなるべく露出は避けたほうがよい、そう思った。

絆創膏を2枚貼って続行する。途中、2名の登山者と出会う。

まず大きな目標である独標を目指した。その先の槍の穂先は相変わらず雲のなかで、この日はまだ一度も見ることはできていなかった。

(Kitakamasawa migimata 0730)

【ガスの北鎌尾根】

はっきり言おう。

北鎌尾根への急登やゴジラの背のような岩稜帯の本尾根は、いたる所でリアルに死の匂いがした。

決して難しいクライミング技術は必要ないが、ある種の平常心と基本技術、そして高度感の克服なくして達成は難しいだろうか。

さて、その死の匂い、ソロということで自分との対話が浮きぼりになったのもあるだろうし、視界不良という天候も拍車をかけたかもしれない。

(Doppyo 0900)

目標としていた独標(独立標高点といって一つのピークである)は、垂直にちかいクライミングだった。

なるほど、ここをトラバース(登らずに巻道を横切ってすすむ)する登山者がおおいのもうなずける。

北鎌尾根を単純に通過したいだけならそれでもいいが、一度諦めかけたものの独標完登にはこだわりたい。

登攀ルートのイメトレをして取りつくものの、握った岩一つボロっといったら、落ちていくあの石コロ同様に自分がそうなることを想像する…。

岩壁の割れ目に肘を突っ込み支点(これをジャミングという)にするなど健闘した結果、独標に立った。
あとから思うと、ここがこの日の核心だったように思う。

独標だけで30分くらいかかったんじゃなかろうか。
独標では先行するソロの登山者を確認した。
独標を越えると、視界はさらに悪化。

いいとこ見えるのは15m先で、槍の穂先はもちろん見えない。
この日の「昼頃からガスは次第になくなる」との予報に反しての天候下、ルートファインディングは困難を極めた。

(Kitakamaone 1030)

そんな中、痛恨のロスト(自分のいる場所を把握できない)をした。
コンパスをみるとなんと正反対の北にむかっているではないか。

本来、槍ヶ岳へは南である。念のために持参したGPSを取り出す。
そう、こんなときは往々にして自分が正しいとバイアスがかかってしまうものだ。

深呼吸をし冷静になれと自分にいいきかす。
尾根上からはいつしか外れ、険しい岩稜から入り組んだ深い谷底が不気味にガスでみえ隠れしている。

はじめての北鎌尾根にして、やはりなかなかの試練であった…。

妙なもので、こんなときこそ発信しなけりゃ?
とツイッターで「視界悪いね~。辿りつけんのか?」なんて投稿する。

おそらく、冷静になれとバランスをとろうとしての行動だと思うが、こういうのが軽いね~などと言われるゆえんであろうか(笑)

地図を睨みつつ五感を総動員してルートを探り、先ほどとはちがう岩稜帯を冷静に引き返した後、ようやくゴジラの背中のような尾根上に戻ることができた。

30分ほどのロスだったが、動揺を抑えつつ南の槍への歩みを再開する。

槍の穂先は依然見えない。

しばらくすると、わりと平坦な開けた場所に出る。おそらくここが槍平だろうか。
レリーフや時折りあるケルンなどの人工物が、ルートファインディングに難儀している身には、内心安堵となる。

高度計が3,000mを超えてくる。

なんども手で掴み足で引っかけた岩を試しつつ、垂直に近い岩壁を無心で登攀しているとき、たしかに人の声が聞こえた。「山頂が近い」そう思った。

山頂の祠の横から顔をだして這い上がると、居合わせた登山者の方たちから、北鎌尾根から登ってきた登山者への恒例の拍手をいただく。

独標やロストでかなりタイムロスしたが、予定どおりPM12時ちょうどだった。

しばしの談笑後、下山をはじめ肩の小屋で補給しがてら小休止をする。

北鎌尾根をやり終えての安堵が、笑みとなって顔に表れるのが自分でもわかる。むしろこんなときは危険である。

山での事故は下山時や核心ポイントから外れたところでおおいのだ。

ましてやバリエーションルートではないものの、これから岩稜帯の東鎌尾根をいくわけだ。
細心の注意ですすむ。

険しい岩稜帯を終えると、ヒュッテ西岳にでる。ここからはわりと登山道も険しくないところがおおく、走るモードに切り替える。

簡易動画をつくるべく、持参したストックの先にカメラをつけたりと自撮りをしつつ、表銀座を目一杯楽しむ…。

暗くなろうがタイムが遅くなろうが、そんなことはもはやどうでもよかった。

1DAYが成立すればいいだけである。

燕山荘で大勢の登山者と夕刻の絶景をしばし堪能した。

最後まで槍ヶ岳は遠景から見えなかったけど、

合戦尾根ではきょう1日の一コマ一コマを追憶しつつ、噛みしめるように惜しむようにゆっくり歩いて下山した。

準備から日々のトレーニング、ガスで困難なルートファインディングに足場の悪いバリエーションルートといった好環境下ではなかったからなおのこと、会心の北鎌尾根1DAYスピード登山となった。

(in-bound at Omoteginza 1630)

【無謀登山とリスクテイク登山】

無事やり終えたこの北鎌尾根1DAYスピード登山、多少なりとも波紋を呼ぶかもしれないとの懸念、こちらも現実のものとなった。

私情をはさむとすれば、詳細に書いた記録のリンクもしないで、事実を歪曲した一方的な批判意見もあり、フェアじゃないなぁと思ったが、まあしょうがない。

それも覚悟のうえだ(笑)

おもな反対意見は、
「トレランスタイルで北鎌尾根」
「トレランシューズで岩稜帯」
「情報発信して人が真似したら責任とれるのか」
である。

ここは真摯に考察するとともに、自分の意見を書いてみようと思う。

まず、トレイルランのスタイルだが、自分自身は、80ℓザックにテントにシュラフというスタイルで山をはじめ、そちらでの縦走スタイルの味わいも少なからず知っているし、たまにやると新たな発見があってとても有意義このうえない。

そのいっぽうで数々の北ア1DAYスピード登山(簡単にいえばスカイランニング)をしてきたが、その経験からこのスタイルでの登山をより好み、雨のツェルトビバークも試したりと、リスク低減を図り現在進行形でやっている。

もちろん、装備やその他でまだまだ進化や改良の余地はあるだろう。

自分が必要最低限と思える荷物のみを持って、自然の山などを縦横無尽に歩いたり走ったりと、一般的なハイカーからは信じられないような速さで動き回るのは、山を走るアクティビティ全般の共通項である。

ただしこれをやるには皆さんご存知のとおり、日々の体力増強のためのトレーニングが必要だったりする。

その結果、いわゆる身体という偉大な装備も、じつは携行していることになる。前述したが、この内情は外見からはなかなか理解できないものだ。

実際に自分自身、週末登山をしていた頃よりも嫌々ながらもトレーニングは確実にしている(笑)

つまり、“日頃のトレーニングが、山でのリスクヘッジをすでにしてくれている”ことになるのだ。

 

道具選びは様々な条件によって異なるし、経験に裏打ちされるだろう。

ソロでやってて一番リスキーだとおもうことは、落ちたり転んで動けなくなったときその場をどう凌ぐかである。

外傷や打撲はもちろんだが、私がもっとも怖れるのは低体温症だ。
山は夏でも気象条件によって一変する。

なので、ファストエイドキット以外に、ツェルトやサバイバルシート、お守り代わりにジップロックで密閉しコンパクトにしたダウンジャケットを携行することもある。

要するに、体力があって動いて熱量をあげられるうちはいいが、問題は予期せず動けなくなったときだ。あらゆる状況をイメージするのは大事だと思う。

とくに私は人一倍寒がりである。
ただしイメージがすぎて、ザックが80ℓになってしまっては、本末転倒だろう(笑)

なんてすこしふざけてみたが、山は壮大で素晴らしい場所から天候の急変で一変し、ときとして危険極まりない場所へ変貌するもの。

そんな危険な場所からいち早く退避できるこの軽量のスタイルはとてもリスク低減を図れるし、また岩稜帯を登ることも、軽荷のほうが動きやすく安全ことは自明の理であるがいかがだろうか。

また、補給物についても同様で、エナジーバー一つで山の中を何時間も行動できる身体作りなんかも、日常のトレーニングの成果であるかもしれない。

そうやって荷物を減らし、最低限吟味した物だけをもっていくことは、私は相当なリスク低減につながっていると思っている。

ちなみに私は、7-8時間の登山であれば、水だけで行動可能である。
いわゆる体脂肪を効率よく燃焼できる身体づくりを日常の食生活からあれやこれやと試しているところである。

これはとくに今後が楽しみな実験である。

つぎにトレイルランニングシューズについて。

堅牢な登山靴にランニングシューズにトレイルシューズと様々な種類のものを履いてきたけど、いまはソフトシャンク(ソールにプレート)が入った、アッパーの丈夫なビブラムソールの軽量シューズを好んで、岩場のおおい北アでは履いている。

よく北アの岩稜帯で重荷に登山靴のスタイルの方からは、
「そんなシューズで大丈夫ですか?」と言われることもあるが、フリクション(摩擦、いわゆるグリップ)性は高く、北穂滝谷や屏風岩などの垂直のクライミングをするならまだしも、ジャンダルム、大キレットその他岩稜帯で散々試してきた結果、信頼に至っている。

とどのつまりは自分のモノにしているか、そこが大事だと思う。

また、岩にぶつければ軽量で薄い分痛いから、一歩一歩により集中することが、またリスク低減につながるのだ。

現に知人で登山頻度も春夏秋冬40回/年間を超えるアルペンクライマーの方は、場所によってはトレイルシューズを履いて岩稜帯に行くことからも、その使い勝手の良さがうかがえよう。

再三言うが、自分がやる登山である。
業界がいう常識よりも、汗水たらして体得してきた自らの経験からの声が一番大事ではなかろうか。

そして最後の、「情報発信して人が真似したら責任とれるのか」については、少々デリケートな問題であるので、こちらも触れておきたい。

まず、一昔前とはまったく違う、SNSが隆盛をほこるネット時代で情報過多でもある現在。

玉石混交の膨大な情報から取捨選択すること、それを享受する受け手のリテラシーというものが問われるのは、論を待たないだろう。

自分ごときがと、おおくの賢明な受け手の方たちに、注意喚起をすることは高慢さと紙一重でもあるのでなるべく控えたいのが素直なところである。

ただし、必ず一定数の「浅はかな、勘違い」をする受け手がいることもまた否めない。

ネットにて散見される、”非常識なトレイルランナー”の記事をみるにつけ、知っててマナーを外れるのはもちろんだが、自覚なしで業界のイメージを損なう要因をつくることは極力なくしていかなければいけない。
(これはもちろん自分自身にも言えることである)

ゆえに、
「At your own risk」
それだけ書いて、自らが運営する山岳情報WEB-TVや動画チャンネルその他で、「影響力なんてないから…」と慎ましく発信することは、ナンセンスでもあると最近は思っている。

つまり、前述のほんの数パーセントへ向けて、敢えて注意喚起することは必要であると感じている。

「北鎌尾根は安易にやらないで」と。

それらを踏まえたうえで、情報発信をしていきたいと思う。

なぜなら、発信することは自己満足であるとともに、多寡にかかわらず、話題性をもってして賛否の対象になるので、良くも悪くも参考になるからだ。

こういうものは、発信せずに埋もれていては、なにも起こらないかわりに、またなにも生まれはしないと思うから。

【ルート&行程】

-0100中房温泉登山口
-0250燕山荘
-0435大天井ヒュッテ
-0450貧乏沢入口(バリエーション開始)
-0610天上沢出合
-0635北鎌沢出合
-0805北鎌のコル
-0935独標
-1200槍ヶ岳山頂
-1530大天井ヒュッテ
-1730燕山荘
-1900中房登山口(延べ18h)

(vol.1はこちら)

 

 

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