【コラム】北アルプス常念岳厳冬期単独1FA~ “SHORT SKIMO”というNewモード vol.1/4

【Short SKIMOが生まれるまで】
(文・写真提供:田中ゆうじん)

いま、一昨日やり終えたばかりのこの登山の心地よい余韻にひたりきっていて、朝食のオリーヴオイル入り野菜ジュースと珈琲を飲みながらこれを書いている。普段から、朝食はこのオリーヴオイル入り野菜ジュース、昼はほどほど、すこし早い夕食は、BeerとWineを心ゆくまで愉しみながら、料理をしつつ気兼ねなく家族団らん食事をし、一日を21時ころに終えるのが常である。それは、午前に1DAY北アルプス登山があってもそう。

そんな食生活が奏功してるのか、はたまた身体自体が山慣れしてきたのか、夏の常念岳&蝶ヶ岳2座の周回は、もはや水だけで行って帰ってこられる体に、ようやくなってきたってものでぇい(エッヘン)。

(注:うそぶいているが、このパターンは、縦走の登り返しでは、その実バテる(笑))

しかし!1DAY登山といえども、10h以上冬山で動きつづけることは、一日1.5食をかれこれ10年以上している私にとっては、やはりちょっとした事件である。さっきから、今日の昼は近くの中華食堂でチャーシュー麺を食べることばかり考えている。頭の右上に常念、左上にチャーシュー麺。なぜだか筆致もなめらか、集中力が増すのである。

話は遡って、2012年の厳冬期だっただろうか、本連載のタイトルにもある1FA(1day Fast Alpine)といって、春夏秋冬をとおして北アルプス日帰り登山をおもに好んでやっていた私は、ここ松本平にある我が家からもよくみえる、北アルプス常念山脈主峰の常念岳(2,857m)を、1FAできないかと妄想を開始した。

ちなみに、1FAでは、標高約2,500m以上、標高差約1,000m以上とゆるく定義づけしている。

もっとも、当時(2009~2012年)は1FAではなく、「快速trek」や「1DAY SPEED登山」などとネーミングした、仲間やソロで、朝飯前に往復する朝・常念や朝・蝶ヶ岳、朝・燕岳に朝・爺ヶ岳。家から25㎞ある登山口までを自らの脚で走り、プラス登山してまた走って帰ってくる家・常念。それに、お隣の蝶ヶ岳をプラスした、超!家・常念などと、話題性重視の登山スタイルは、まわりからすると、いかにも軽くみえたようだ。

いま改めて実感するに、この文章がそもそも軽い。

ただし、三股駐車場~常念岳山頂への登りは1h 50min台、これに蝶ヶ岳をいれた周回は4h 59min台。また、中房や三股から槍ヶ岳の山頂にタッチし、周回ないしは往復する”槍イチ”や、それを北鎌尾根経由でいく1DAY北鎌ソロなど、見た目の軽さとは裏腹に、その実相当な本気モードでやってきたことだけは、ここで誤解のないように自分への慰めふくめ、一応記述しておくとする(笑)

ちなみに、2009年4月の山岳スキーレースを皮切りに、フルからウルトラマラソン、トレイルランレースに山岳競争など、20㎞から120㎞までの国内外の様々なレースにもチャレンジしてきたが、いまは自分でルートや道具を考案するMIXスピード登山や前述の1FAがおもなフィールドである。

やや前置きが長くなったが、厳冬期の常念岳は、林道が冬季閉鎖されているゆえに、山頂までの距離は夏の比ではない。記録をネットにて探してみるも差しあたって幕営の2DAYSこそ散見されるも、1DAYはまず見当たらなかった。

となると、じゃあやってみようじゃない、というのが1FAプレイヤーの性というもの。早速、仲間と前常念から麓に恐竜の背のように二本伸びる尾根の下見に出かけた。

単純なコースプロフィールとして、山麓にある“ほりで~湯”の先にあるゲート-東尾根(もしくは南東尾根)-前常念岳-常念岳の往復である。沿面距離は往復で22㎞、累積標高差は約2,100mと、立派な1FA である。

このチャレンジのパートナーには、2014年に日本海から太平洋へアルプス経由で横断する、トランスジャパンアルプスレースで、女性唯一の完走を果たして脚光を浴びることになる、冬はテレマーカーの西田由香里。その後、登山歴も数十年というベテランのノイチこと野田一郎氏が、合流することになる。

まずは、町から常念にむかって左をはしる南東尾根へ西田と山スキーを履いて出かける。南東尾根の取りつきは、車をデポする標高約800mのゲートから歩いて6㎞強で標高1,200m弱。末端のまゆみ池から疎林地帯を狙って一気に400m登って標高1,700mの小ピークを目指すのだが、いやはやこれが急登と藪があいまって、まったく捗らないのである。

やはりスキーは現実的じゃない!?を嫌というほど思い知らされるのは、じつはこの後なんだが…。

街から見える恐竜の背のような尾根、その2,000m付近で初回は引き返した。いま思えば、よくぞスキーアイゼンなしであの藪と急登の尾根をキックターンだけで登っていったなと感心もする。ただし、厳冬期の1DAY常念岳を達成するのはもしかしたら夢の話なのかもしれない…、そんなことが私の頭の中の大部分を占有しだしていた。

成功するには体力、テクニック、気象条件、雪質、そして強いハート…。そのどれもが必要不可欠であった。

しかし気持ちというのは可笑しなもので、数日も経てばその空気感はどこへやら。気分を入れ替えて今度はノイチ氏をふくむ3人で同じ南東尾根をつめた。今回はスノーシューを使用。予想どおりスキーより短くて急登も得意なだけあって、ぐんぐん標高をあげていく。スノーシューは表面積がスキーよりも小さい分、まゆみ池からの急登400mアップの深雪ラッセルには苦労したが、あとはスイスイだった。

じつはこの”スイスイ”がくせ者で、その過不足なくこなせる様は、なんというか、スキー登山にある緊張感や屈辱感、または抑揚みたいなものがまるでなく、少なくとも自分の記憶にはなにも残らない。

3月の啓蟄となり、長い林道の雪解けもいっきにすすみ、このチャレンジは2013年への持ち越しと決定した。

ただし、下見した南東尾根の一本北をはしる東尾根のほうが1FAをやるにはさらに有利かも、という仲間からの情報もあり、この厳冬期常念岳1DAY、いわゆる1FAへの前途は明るく2013年へ引き継いだのだった。いささか気持ちは清々しくもあり、また不向きなスキーでいけない悶々としたものがあったりと、心中は複雑だった。

(vol.2 へつづく)